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自分の承認欲求に自覚があった。…こんな事を此処に書くのは如何かと、自分でも思う。今日、偶然「君に愛されて痛かった」と言う漫画のツイートを見かけた。それは怖くてRTしなかった。勿論その四コマやあらすじでは良く分からず中身を見に行った、そしたら自分が描かれていて死にたくなった。
RTしなかった。怖かった。明日にでも死んでしまいたいと思うほどに行き詰まっている。私は強制されている訳では無い。私は何かしたい事がある訳でも無い。でも、如何しても…自傷をしていないと駄目なのだ。何処かの記事にあったが、認められたいのは他人にではなく自分にだと。他人に認められる事で自分が自分を認められなければ意味が無いらしい。
優しさが怖い、甘やかされるのが怖い、自己肯定が怖い。
怖くて怖くて怖くて、怖くて…辛い。誰にも私を理解なんてして欲しくない。私を知らないで欲しい。近寄っちゃいけない。
一人でそっと、今すぐに死んでしまいたいと思う。こんな事を言ったら私を大切に思ってくれている人が不安になるのだろう。分かっている…。分かっている、最低だ。

恋のお話

さて、今日は少しだけ私の恋の話をしようと思う。
恋人ではなく恋の話しを。
初恋の話は割愛。此れは此手の話なら華とも言える重要な話なのだろうが初恋だけは誰に何時話すのも嫌になる。誰を愛した時も後悔という後悔はして居らず、「こんなやつ愛さなければ」と其の時は思えど後から振り返ればそんな事もないのだが如何にも初恋だけは何時になってもそう思えないのだ。

では2人目に愛した人から。
彼女は私が渚時代の最初の恋人で私を唯一ベタベタに甘やかした人だ。割と照れ屋で、無口で、気弱そうな人だった。
中身まで繋がったのも初めての事で、唯彼女はリアルに好きな人が居てその人は異性だった。少々病んでは居たが今思えばそこそこ普通の人だったと思う。
今もそうだが、今以上に私は嫌われないようにと心掛けて束縛も嫉妬もしない振りをした。否、束縛についてはしていなかったが本当はしていたかった。彼女は永遠なんてないと言ったが、その時は本気でそれなら私が彼女と永遠になろうと思った。そういう所が嫌だったのかもしれない。最後に言われた言葉は「重い」だった。割とそれが当時の自分には重くのしかかった。家では「お前のせいで」と仕事の事や家庭内トラブルの事で責め立てられた為唯一の癒しとも言えたからだろう。別れる時は背後だけと言う話だったが私が耐えられなくて也も別れた。
付き合ったのは4ヶ月程度だろうが今でも忘れてはいない。

3番目に愛したのはみゆさんだ。みゆさんについては語る必要も無い気がするがまぁ、少し。
みゆさんと出会ったのは2番目に愛した彼女と同時期か、みゆさん以上に私が甘やかした人は後にも先にも居ない。みゆさん以上に私を知る恋人も後にも先にも居ない。甘やかす、と言うのは唯許し、許容し、愛でる事では無く。如何すれば相手の為になるかを試行錯誤しながら尽くしたという意味だ。勿論私の主観なのだが。
告白されたのは2人目と別れて3ヶ月にも満たないくらいの時期で正直私は前の彼女が忘れられなかった。其れからこんな事を言うのも何だが、少なからずみゆさんと私に似たものを感じていて、それを肯定したり許容する事で自分が許されている気になっていたのだ。
監視癖が強く、よく私の死垢を見ては死垢で自分かな、みたいなことを書いて良く病んでいた気がする。それが私は少ししんどくて(別の人からもされた経験はある)病ませないようにと死垢を使うのをやめた。独占欲が強くて誰かさんが私に勝手にあだ名をつけて呼んでいるのを見て怒ってた時もあったなぁ。電話を切る時もいつもやだやだやだって駄々こねて可愛かった。
みゆさんの短気な所や甘えん坊な所や愛されたがりで独占欲が強くてヤキモチ妬きで依存性な所は昔から変わらない様に思う。でもそういう欠点を愛していたし、彼女が私の為に何かしてくれるなら必ず私は彼女の求める何かを返してあげようと思っていた。2人で無い部分を補いながら共に生きて行きたいと思った。
私も彼女もどうしようもなかったけれど、でもどうしようもない事に依存し過ぎたのかも知れない。甘えたな所も、私は可愛いと思っていたし甘えたいと言うならドロドロに甘やかしてやろうと思っていた。彼女が寂しいと言うなら叶う限りそばにいてあげたいと思った。多分、それがダメだった。
別れる時は正直二人とも意地になってたんじゃないかと思う、別れた理由なんてもう思い出せない。でも、別れて良かった点もあったはずだ、少なくとも今の関係に十分に満足している。
多分付き合ったのは半年以上、思いを引きずったのも半年位だろう。

次に付き合ったはカルマ也で知り合った男性だ。
4人目、と形容しないのはそこに恋愛感情が無かったからだろう。みゆさんと別れて1年が経とうとしていたが其れでも未だみゆさんを忘れられていなかったのだ。本当未練たらしいとは思うが、諦めが付かなかった。結局自分の気持ちに嘘をつけず、求愛を振り切って縁を切った。2ヶ月しか持たなかった。

4人目は間違い無く透明だ。
空白松は元々みゆさんの也垢の監視用だったのだがそこで偶然にも出会い正直かなり惹かれてた。ただ、少し前に付き合っていた男性の事もあり告白をせず有耶無耶にしてしまったのは否めない。私のツイートに素早く反応し、息ぴったりのボケをかましてくれて、嗚呼今で言うなら中也みたいな感じか。そして偶に不穏な、また、不安を煽るような危うい発言をしてはすぐ消していたのも気づいていた。透明と私の似た所はそこかも知れない。ふっと消えてしまいそうな危うさを持っている。そして実際透明は消えた。透明は透明になった。目に見えなくなった。そして私は彼が良く使っていた@ Candy の死垢でラブレター紛いな、恐らく届かないであろう手紙を書いた。其れでも書いたのは監視癖のそして尚且つ私の言いたいことを手に取るように感じとる勘のいい彼は鍵を開けて自分の使っていた死垢を私が使ったら絶対に自分宛だと気づくと踏んだのだ。其の手紙を書いて三日後か四日後に彼は戻ってきた。部屋に何故消えたのかを書いてくれた。そして、本当に駄目元で背後まで繋がれたら良かったと呟いた。そうしたら兄さんがいいなら僕も繋がりたいと言ってくれた。当時死ぬ程嬉しかった。
この時点で今思えば向こうも此方に気があることをかなりアピールしてくれていた気もするしそうでない気もする。告白もせずされずの関係だった。透明とは中身で今も繋がっている。

5人目に愛したのは鏡月だろうか。
鏡月はリアルでの会話が多かった。だからだろうか、言葉を紡ぐ事を互いに怠ったのか。否、やはりそれは違うのだろう。鏡月の何に惹かれたかと言われると少し悩む。矢張り危うさだろうか。若しくは私を見る目かも知れない。彼女は良く人を見ていた、それは本当に今でも思う。びっくりするくらい人をよく見ていた。
嗚呼、なら彼女は私の心の奥深くにしまい込んだ色々な黒い部分や本質を見抜いていたのかもしれない。何にしろ、彼女の話を聞いてアドバイスを繰り返すのに私も彼女も嫌気が差していたのは間違いないだろう。私は何度アドバイスしても改善する気がないように思えて少しそれが気に食わなかったし、彼女はアドバイスなど求めていないのに何度もそれを言われてストレスだったかもしれない。
彼女との恋愛は共依存でも依存でもなかった。ましてや共存でもない。
ただ、その関係に私の方が先に愛想を尽かしたのは間違いないだろう。彼氏とも別れてくれるという話をしていたのに何だかんだ理由をつけて別れてくれ無かった。それを素直に伝えたら良かったのかも知れないが他の事でも色々とあって、恐らくそんなのを伝えても困らせるか、嫌われるだけだと思った。そうやって自分を縛っている内に汐梨に気が言ったのは言うまでもない。みゆさんに相談してもやっぱり鏡月は私に気がないんじゃないかと言われそういう気もしてきた。心が弱っていた、と言うよりは徐々に好意が薄れて居たのかも知れない。汐梨への募る恋心の話は以下に書こうか、取り敢えずここでは省略。多分砂粒さんと通話してるから今日はごめん、と2回連続で言われた日の次の日かなにかに汐梨に告白することにした。
告白をし終わって、取り敢えずみゆさんに一報入れた後、鏡月に琥琲さんに告白したから。と告げた。今思えば可也大胆に突き放したものだ。「さーちゃんは私のこと嫌いなの?」と聞かれた「嫌いじゃないよ、むしろ好き」と答えた。なら付き合おうよ、別れないで。と言われた。正直困っていた。凄く嬉しかったし、付き合って以来そんなに明確に求められたのは初めてだったからためした訳では無いけれど本気なのかな。本当に好きなのかな、と絆されたのは事実だ。でも勿論その後関係が良くなることもなかった。後に知ったことだが彼女は独占欲が強く嫉妬しいだったから本当は私と琥琲さんが喋るのも凄く嫌で、それがきっかけで冷めた、らしい。
彼女と別れる前に大きな喧嘩をした。確か、鏡月が余りに本心を隠そうとして何を伝えたいのか分からなくてつい「琥琲さんならもっとわかりやすい」と口から出てしまった。それが余程癪に触ったのだろう。「なら彼奴と付き合いなよっ」と一蹴されて別れを切り出された。だから別れよう、と言ったのに今更それは無いだろうと思った。実際多分そう言った。そうしたら「なら彼奴と縁切ってよ」と言われた、本当に困惑した。以下に書くが当時私の中で汐梨はかなり大きな存在だったから切る時は辛かった。
でも、いざ会ってきちんと話してみたら汐梨の事は関係ない。と言われてかなりキレた。彼女の欠点を愛して共に改善していこう、とは思えなかった。彼女もその気はなかったみたいだが、その説得をするのも面倒に思ってしまった。
それが多分本気で冷めた時だろう。多分付き合ったのは2ヶ月半位だ。友達で居ようと言われたが、それも断って縁を切る事にした。

6人目に愛したのは汐梨だろう。
5人目のあたりからちょこちょこと入っていたので説明を省略しても大丈夫かも知れないが汐梨ときちんと互いに言葉を交わしたのは間違い無く去年の春頃、男性と別れて透明松に出会う前だ。けれど、私はそれより何ヶ月か前から彼女を知っていた。松界隈をふらふらと歩いてる時に偶然ホームに立ち寄ったのだ。その時誰かと話しているのを見て、この人の文字が好きだなぁ、この人は恐らく自分の信念を曲げない人だなぁ真っ直ぐだなぁと思い其れから定期的に見に行っていた。
だからとある人のキャスで見かけた時はあれ?と思った。偶然上がってきた汐梨に「貴方のファンなんです!!!」と言ってしまったのは今思えば少し恥ずかしい。
でもなら線繋がる?と聞いてくれたのは凄く嬉しかった。
汐梨は当時私の事は眼中になかっただろう。汐梨と繋がってから汐梨を監視するのが日課になった。恋人ならまだしもそうでもなく、恋愛感情の無い人を興味だけで監視していたのは初めての事だった。知れば知るほど私とは真逆で惹かれた。否、魅せられた。そして恋だと自覚するのは鏡月と付き合ってる最中。罪悪感はあったし、勿論諦めようとしなかった訳では無いと思う。眼中に無い事も知っていた。それでいて諦めきれなかった理由をあげるならFさんの言葉を借りて「憧れを含んだ恋愛感情は消えにくい」だろう。泣いた夜もあった。鏡月の事もあったが、自分の気持ちに泣いたり、叶わない恋に泣いたり、そして自己嫌悪を繰り返した。告白を決意した時だって文章を先に書いて何度も読み直して、消して、書いて。終いにアドバイスをもらいにみゆさんのところへ駆け込んで、電話を誘うメッセージを書く時もみゆさんと通話しながら。
もうそれだけ行っていっそ切ってしまおうかとも思った。それくらい怖かった。拒絶されるのが怖かった。ごめん、を聞くのが怖かった。自分の予測しない刃が私を切り裂くのが怖かった。分かってるから、言わないで、と心が叫んでいた。
電話を切ってからも丸で糸が切れた人形のようにフラフラとしていて、でも数日経てばそこそこ元気を取り戻せた。
それからも、なるべく気にしないように振舞ってなるべく忘れられる努力をしていた。
当時、私にとって汐梨は神様だった。神様だったのだ。代わりはいない。
でもそれは全知全能の完璧人間だったという意味ではない。
人間の完成形だった。これだと前者の文と同意に見えるかもしれないが、それは違う。不完全が完全だった。如何書いても矛盾してしまうかもしれないが、完璧ではなかった。最善策でもなかった。もっと上手く立ち回れば手に入れられたものもあったのかもしれない。でも、正解だった。いつも信念に真っ直ぐに生きて、悩んで悔やんで泣いていた。手に入らない、と。どうしたらいいんだと、。それが真っ直ぐだった。真っ直ぐで、大好きだった。
こんな人間になれたなら。こんな人間に愛されたなら、こんな人間を救えたなら、と。知れば知るほど欠点が見えて、それが愛おしかった。Familyを作ってからも一時も忘れたことは無い。闇紫に、あの人ダメだから、兄さん泣いてばっかだよ、と言われた事もあった気がする。それでも、諦められなかった。汐梨に悪気はないから、と言っていた。事実振り向く気がないのはわかっていたし、私じゃ振り向かせられないのも弁えていた。でも、振り切れなかった。周りには諦めろとなんで好きなのを繰り返し言われた気がした。でも、ダメだった。徐々に疲れて、夢を見る様になった。私を置いて、汐梨が消えていく夢だ。それを見るようになってから血眼になって忘れようとした、頑なに距離を置こうとした。多分止めになったのは「自分の発言に一喜一憂されるのがめんどくさい」だろう。勿論自分から聞き出したのでもう何も言わなかったが、その他その時に時線に書かれたこともかなりショックで何日か寝込んだ。後に諦めをつけようと色んなことを予定に詰め込み、忘れた。振り切ったのは三ヶ月ほど前になる。今は本当にすっかり忘れてしまった。監視癖も他の縁者と同じくらいになった(監視癖はなくならない)
それ以上に汐梨が変わったのもあるのだろう。憧れ、が消えたのかもしれない。それはそれでいいと思っている。今の関係は軽く、関わりやすい。これもこれで居心地がいいのだ。好きだった期間は10ヶ月くらいか1年には満たないけれど、かなり長かった。

7人目はいない。
きっといずれできる。汐梨を忘れるためにみゆさんと、もう1人とある女の子と付き合ったが何方も自然消滅した。恋愛感情を今は誰に対しても抱いていない。出会いがあれば、また書こうと思う。
今は平穏な日々を謳歌する。

有給

フリルでの売上金額がそろそろ1万円に到達しそうになっていた。
嗚呼、もうそんなに溜まったのか…と思いそろそろ何処かへ行きたいなと思い出した。遠出がしたいのだ。でも、私一人だとそれこそ片道切符に全てのお金を費やして帰って来れなくしてしまうのではないか、何て。だって、如何したって私は暴走癖が抜けないからなぁ。
まぁ、もう少し貯めたら東京の片道位にはなるだろう。
が、行く事は無いんだろうと思う。余程でない限り少なくとも友人関係では対等でいたい願望がある為、金銭面的な負担はしない心算だ。同じ理由で愛知にも行くことは無い気がする。行くなら必ず片道負担をしてもらって、と言う心算だし、来てもらう時だってその心算だ。さて、死ぬなら何処が1番相応しいのやら。否、死ぬ心算は無い。もう少ししたら変わるかも知れないが、なんせ、なんせ、今回の旅行でその気は毛頭ないのだ。
ただ、余り遠いと移動時間が掛かるため恐らく近場になるのだろう。海を見たい気持ちもある。1人で海を見て、いたい気がする。恋人はいない。私に愛を語る相手も綺麗な景色を共に見たい相手も居ないのだ。因みにみゆさんとは食べ歩きがしたい。切実に。
ああ、でも恋人がいればそいつのところに飛んで行くかもしれない。でも欲しいとは思わない。今は、この時間が愛おしい。一人でいる事が、楽だ。ラーメンでも食べに行きたいな、と思っている。ラーメンが、食べたい。でもラーメンは一人で食べたくない。出来たら誰かと、なんて。、

嗚呼、時計を返してもらわなかったから時計がない。腕時計を誕生日プレゼントにくれる人がいたらいいな、なんて、数百円のものでもいいのだ。誰かから貰えるということが嬉しいのだ。買ってもらわなくても選んでくれればそれを気に入って使うだろうからなぁ。

今朝は本当に体が怠く、何もする気に成れなかった。私と云う人間は多分、気紛れに本当に気紛れに生きているのでは無いだろうか。
私は基本的に欲しい物に大しての手段を選ばない節がある。自分でも其の自覚はある。手段と言うのは、法に触れる様な事こそしないが自分に損害のある事でも自分が我慢し、尻拭いをすれば其れで事足りるなら恐らくは何をしてでも手に入れるだろう。
然う云う人間だ。
若さ故か、愚かさ故か、若しくは元々の性格で直りはしないのか。偶に自分は何も愛していないのではないかと思う時もある。
きっとそんな事は無いのだろうけれど、なら何を愛しているのだと尋ねられればぱっと出てくるのは渚君位だ。勿論友人、と分類される人を愛して居ない訳では無い。然し、其れ等は不安定で常不安定で気持ちが傾く事が稀ではないのだ。気持ちがぱっと消えたり、かと思えばふっと戻って来る。懐かしさや愛おしさが行き来する、だから、其の時「愛しているもの」ではあるだろうが此の先を約束出来るか不安になるのだ。其の不安こそが愛を否定する其れではないかと思う。
渚君に関しては私が如何成ろうと多分愛し続けると思う。本当、性懲りも無く何年も初恋をしている気分だ。私は渚君に出会っていなければ如何なっていたのだろうか。
嗚呼、話が脱線した。まぁ私は愚かな癖にふらふらとしていて直ぐに何処かへ行きたくなるから、他の友好関係を全て切って、誰か愛しき人の手だけを取り何処かへ蒸発したとしても。多分、多分、何も変わりはしない。其の人に振られるか、若しくは自分の様に忽然と突然に姿を消した「愛」という名の感情に絶望して其の儘勢いで身投げをするかも知れない。そして死ぬ瞬間はまた後悔をするのだろう。きっとそんな人間だ。そんな、馬鹿みたいな人間だ。
行き当たりばったりの、丸で何にも抗おうとしない人間だ。自覚が有った。だからこそ、何事にも抗おうとして自分の力量も図らず、立場を弁えず、只管走り続ける人間を美しいと思う。
傍で眺め、其れを支える人間で在りたいと思う。私には、人目を引く様な容姿は無い。此の先を見通しす頭脳も、偏差値の高い高校に行ける頭も無いだろう。人に平等な訳でも、優しい訳でも無い。経験が豊富な訳でも無い。特化した特技も無い。
決して、人に愛される憧れられる人間では無いだろう。自覚がある。然し、其れ等の何を手に入れても私は変わら無いのではないかと思う。
だからきっとそんな、美しい人間に愛される日も来ないのではないかと思う。ネガティブ思考なのかも知れない。でも、其れ位だと、弁えた心算だ。私が何を投げ売っても美しき人々は私等眼中に無いのだ。知っている。弁えている。でも、愛さずにはいられないのだ。厭になる。タイプの子はずっと変わらない。多分、私が愛する人は私なんて興味は無い。其れで善い。其れで善いんだ…。嗚呼、少し疲れてしまった。今日は夜ホラゲをする約束をしたので取り敢えず今から出かけてくる。

please

お久し振りです。こんにちは。

なんて、一体誰に対して言っているのやら。最近、生きると言う事を良く、忘れます。死ぬと言う事も良く忘れます。只、必死に生きて生きているのですがふっと本当に1人になった時達成感と言いますか、又喪失感と言いますか。ふと「嗚呼、死にたい」と思うのです。身体の下から上に熱が上って来る感覚と共に。今まで、死というものも生というものも余り良く理解していなかったのかも知れません。なら今は理解しているのかと言いますときっとそうでも無いのでしょう。死んで見なければ死を鮮明に確かに語る事は出来ないでしょうからそんな人間は何処にも居ないのでしょうが。
まぁ、でも。それでも。ふと、死にたくなりました。
スクランブル交差点を歩いたんです。1人で。そしたら一気に自分が1人な事が自覚出来て。急に死にたくなりました。いや、何時だって生きていたい訳では無いです。何かを終えたから死にたくなった訳でも無いですし、何かを終えるまでは生きていようなんて今は思いません。若しかしたら一一そんな事を考え乍生きる人も居ないのかも知れませんが、この先の未来何があるというのだ、これまでと同じ明日が続くだけじゃないのか。と思います。旧友は私に「人は死ぬために生きている」と言いました。私はそれを否定しました。死ぬために生きているなんて意味が分からない、と。
私は精一杯生きています、きっと明日も明後日も生きるでしょう。でも、それは何の為でしょう?嗚呼、そう言えば誰かが「人間は意味もなく理由を求める」と言っていた気がしました。そうかもしれないなぁ。私は、何の為に明日を生きたらいいのでしょう。私の楽しみって何でしょう?私って何の為に生きてるんでしょう。上手く、形容出来ないけれど決して友人と、否友人と形容するのはダメだった、そうではなく。汐梨や、みゆと話すのが楽しくないわけじゃないんです。それでも人混みに紛れて姿を消したくなる日があるんです。何でしょうね。病んでる訳じゃないと思います、悲しい訳でも無いと思います。私は私を憐れみたい訳では無いのです、生きる理由が欲しいんです、納得出来る生きる理由、納得とまでは行かなくてもそんな下らない、大層下らない考えを打ち消す様に一心に見つめられる何かを求めています。
辛いです。只、茶封筒に入ったお金を只只消費するように外出してはグッズに変えて。正直今誰かと会ってもきちんと笑えてるかわかりません。笑えてるのでしょう。笑えてるのでしょうが、笑えてないんです。だから、心から笑える時に会いたいと思います。疲れてるのかな、そうだと思います、というかそうだと思いたいです。暫く、休みを取ります。

今日のみっちゃんとのでーとは楽しかったです。
イヤホン買いました、グッズ買いました、本を買いました。おやすみなさい。

ありがとう

誰だって悪いことはしない。違うのは価値観だけだ、と言うような言葉を聞いた気がする。恐らくはキノの旅だろう。
それ故に少し前の世代のアニメに良く有りげな悪役は現実にはいない。何時だって主人公も敵役もみんな自分の信念や目的を果たすためにそこにいて、自分の価値観やものさしで測っては敵対するだけでしかないのだ。

悪い事善い事。若しくは正解不正解。
そして最善と最悪、恐らく人生はバランスなのだと思う正解とは、不正解とは人生がゼロであったなら100とマイナス100にカウントされる。けれども人生にはプラスかワードやマイナスカードや更に言えばフィールドトラップもある。場合によりけり必ずプラス100が言い訳でもマイナス100が悪い訳でも無いのだと思う。
状況に応じて100点ではなく90点を狙ってハードルを下げることも大事だということだ。カードだってその時手札にあるかもわからない。双六のように人生はどの数を出せばどれだけ損して得して何てのが分かるようなイージーモードでも無い。先が何も見えないのに、自分で少しは先読みや察知という意味の分からないステータスをあげて漸く少しでもそれが見える。見えた所で間違う時もある。バランスなのだ、結局。幸せすぎる人生は100点だろうが、其れは完璧すぎる余り0点だ。幸せしかない人生はどれだけ幸せであるかにも気づけない。

私が不完全でそれが人間らしくて人間としては100点と評したあの時の彼女はそういう意味だったのかもしれない。知識と能力と目的のバランスが取れている完璧な人間だ、と、そう言いたかったのかもしれない。
完璧な人間というのは完璧な生物つまりは能力知識目的全てが100点ということだろうがそんなのは有り得ない。それは人間ではない。だから完璧な人間という言葉は可笑しい。
でも、人間の理想形、完成形が無いわけじゃないと思う。それが限りなく100点に近くそしてバランスの取れた人間という事だろう。
難しく考える事は無い、要はどれだけ幸せを感じられるかという問題だ。どれだけ自分を哀れまず人を哀れまず、自分の能力に見合った分をこなし欠点から目を背けられるかという話だ。
勿論、こんなのは他人に評される様なものでは無いのだろうが、傍目にあの人綺麗だなと感じるようにあの人凄いなと感じても罰は当たらないだろうかと思っている。決して綺麗な人を見かけてもそれに一一劣等感を感じ落ち込む人間は居なくはなくとも少ない様に、私もそんな人間を見かけても自分がそれよりもバランスが取れていない事を気に病んだりはしない。
ただ、憧れなだけだ。
そう言えば昨日買ったFさんの本には書いてあった「憧れや尊敬を含んだ愛は滅多に消えない」その通りだった、だから本当に、ありがとうと言いたかった。

おはよう

久し振りのブログ更新となった。
何にせよ、ここ一週間毎日朝からの外出が続いて色んな人と会話したり顔を合わせたりとハードだったのだ。いや、学生の人や社会人の人からしてみればそんなのは当たり前なのだろうけれど、その当たり前が当たり前にできなくて生きづらい。それから純粋に体力的にも限界だった。昨夜はグッズの片付けをしないととよく回らない頭で始めたのだが、ベットの上がグッズで埋まってしまい寝れなくなった。ぐちゃぐちゃにしまい込むわけにも行かず、リビングのソファで眠った。
朝起きたらいつもの通り、5時だった。
他にも話したいことが沢山あるが、2つだけ取り上げで話をさせて欲しい。

1つは暇人同盟の再会であろう。再会、であり再開でないそれは一時的な顔合わせのようなものだと思っていた。
それにそれを望んだのは他ならぬみゆさんであったので、私は出る幕はないだろうと思っていた。なにせ、相手はゆーちゃんである。
ツイート内容を消してツイートしてないなどと言い、自分の矛盾をなかったことにしようとする奴である。みゆさんとゆーちゃんの喧嘩をなんとか止めようと仲裁に入った私に「さーちゃんは変わらないね、ずっと子供のまま、脳内お花畑だよね。」などと言ってくるような奴である。さて、ここまで批判したが別に特段ゆーちゃんが嫌いという訳でも無い。
そういえば今朝何故か本垢で呟いてもいない情報をゆーちゃんが知っていて正直に怖いと思った。ストーカーってこんなのか、と思った。まぁでも私も監視癖はあるしTwitterやネットなんてストーカーされても仕方の無いようなものだと思う、特にTwitterなんて今の出来事をつぶやくってストーカーにとったらご褒美すぎるアプリだ物ね。という訳さほど気にしてはいない。
後ろめたい内容がある訳でも無いし、どのツイート、もしくは投稿を見られて何を言われても構わないしどう思われても構わないので問題は無いだろう。
一時的にむかついて嫌いだと口走ってもそこまでではないと思う。ただ向こうが謝ってくれる気はしないので、私も謝りはしないかもしれないが。

さて、もう1つは高校の話になる。
取り敢えず通信制高校の高校見学と進路相談を受けてきたのだがいまいちピンとこないでいた。アンケートに「中学校が嫌いな理由、高校に求めるもの」
などが書かれていたのだが「無し」としか記載のしようがなかった。恐らく担当した先生も「何故不登校なのか」と思ったに違いない。
「中学校は嫌いじゃないし、中学校にも高校にも何も求めてないです。行けないのは私が人と馴染めないから、人を信用出来ないからです」とは言い難かった。
先生は「自宅型通信制でも全然大丈夫だと思いますよ」と言ってくれた、自宅型だとついつい勉強や課題が手につかず卒業出来ずにやめていく子が多いと聞くのでそれは正直に嬉しかった。それでも私は学校に登校したいと思った。それは家に居たくないからというのもあったけれど少なからずの劣等感だろう。本当は全日制で行きたいと思う。それでも全日制に行ける気がしないのだ、何時になったらそんな日が来るのだろうと思う。だって、何度も何度も毎日学校に行こうと頑張ってその度挫折してきたのだ。担任だって少しずつでいいと言ってくれたし、両親だって中学に入ってからは学校を強要させなかった。だからこそ焦って期待に応えなきゃ、頑張らなきゃ、と思ったのだけれどやはり2週間続けてもその後からまるで息が切れるように途切れ途切れになっていつか行けなくなる。だけれど、だからこそ全く学校に行かないというのが嫌だった。劣等感だった、私は学校が好きな訳では無いのだけれど人が出来てることが全くできないというのは暫くの間私を苦しめた。人にも甘えだと責められたこともある。只、だからほんの少しの悪あがきだった。
週五で行けないなら週三でも週二でも行ってみようなんて。
実際それは上手くいって週三で学校へ行くことは大して苦にならなかった。でも、それは「無干渉」で成り立つフリースクールだったからなのかもしれない。あの空間は互いに無干渉でそれが心地好かった。私にしてみれば関わらないで話しかけないでくれるその空間が好きだった。

話が多少脱線したが、高校の先生曰く「5日来る必要はは無いし、5日期待と思えるなら来たらいい、徐々に来れるように先生も手助けするから。友達ともすぐ慣れられるから。」と、。実は私はそれがあまり好きではなかった。
5日、というノルマがダメだった。それを出来なければいけないというそれが多分私の苦手なそれだ。
友達ともすぐ慣れる、というそれもダメだった。慣れる必要はないのだ、出来るなら誰も何も喋らない空間が好ましい。そうじゃなくてもいいけど私は孤独感を感じたくないから誰にも話しかけて欲しくないのだ。もう誰も疑いたくないし、誰にも裏切られたくない。だから誰も信じたくない。
私は私を自分でコントロールして生きていたい。
然し乍ら、私どうしても通信なら授業型の通学生選択をしたいのだ。先生は「大阪の通信制高校の登校型は約8割から9割が自習になりますね」との事なのでたぶんもうその時点でかなり選択肢は狭まるのだろうと思う。
克服すべきなのかなとも思っているのだ、この考えを。分かってはいるけど…

ああ、だめだ、少し休む